二十歳のとき、何をしていたか?シンガポール在住のミレニアル世代を集めて聞いてみた。 – Good Job Magazine

二十歳のとき、何をしていたか?シンガポール在住のミレニアル世代を集めて聞いてみた。


二十歳のとき、何をしていたか?シンガポール在住のミレニアル世代を集めて聞いてみた。

みなさんこんにちは!
Good Job Magazineの濱口です。

今回はシンガポール在住者へのインタビュー記事です。
現地で働いている20代の男女4名をお呼びして、座談会形式でインタビューを行いました。

シンガポールでの就職を検討している方だけじゃなく、海外で採用活動をしている方海外で働きたい部下を持つ方、にもお読みいただきたい記事です。

—————-

私はPOPEYEという雑誌が好きでよく読んでいるのですが、先日の内容で興味深い企画がありました。

「二十歳のとき、何をしていたか?」
https://magazineworld.jp/popeye/popeye-839/

あらゆる方面で活躍する芸能人やアーティストなどに焦点を当て、その方たちが二十歳をどう過ごしていたか、二十歳に戻ったら何がしたいかなどをインタビュー形式で集めた内容なのですが、それがとても興味深く、読みふけっておりました。
読んでいるうちに、私も「身近な人にも聞いてみたい!」と思い、今回のインタビュー実施に至りました。

二十歳は法律上「成人」になる年齢で、心も体も大きく成長する転換点であると言えます。

先日の記事でも少し触れましたが、シンガポールで働く方々は「目的意識を持って生きている人が多い」と感じています。
そのような目的意識の高いシンガポール在住者の方々は、ハタチという多感な時期をいかに過ごしたのか、それをどう思っているのか、そしてこれから三十歳、四十歳と歳を重ねるごとにどうしたいのかをインタビューしてみました。

 

本日の座談会参加者(写真 左から)

・豊後 祐紀さん
日系広告代理店、営業 26歳 男性 100万人が参加する某オンラインゲームにて4位入賞経験がある。最近ハマっていることはスピニング。

・畠山 ひかるさん
食品卸会社 23歳 女性 新卒からシンガポールで就職しているフットワーク系女子。移住の際はスーツケース一面に青汁を詰めてきた。

・脇本 絵麗奈さん
日系メーカー、営業事務 26歳 女性 スポーツ大好きキャリアウーマン。休日は友人とテニス。

・堀尾 将志さん
メディア系企業、営業 27歳 男性 中国語も話せる元銀行員。シンガポールでは週3でバレー。

Snapseed

 

あんまり海外との接点は無かった?それぞれの二十歳の過ごし方

濱口:みなさん、本日はよろしくお願いします!さっそく、単刀直入に聞きますが、ハタチのときは何をしていましたか?ハタチと言っても1年間あるので、その時期にやっていたこと、印象的だったことを教えてください。

豊後さん:私はインターンシップに熱中していました。20歳というと、大学2~3年の頃の話ですが、私が通っていた大学はあまり有名ではなく、就職活動で苦労するであろうことを気づき始めた時期でした。
そこでインターンシップで経験を積んで実績を残すとともに、大人とのコネクションを増やすため、大手広告代理店でインターンシップを行い、出版社やゲーム会社のマーケティングをお手伝いしていました。

濱口:とても良いご経験ですね。その頃から海外は意識していたのでしょうか?

豊後さん:いえ、全く意識していませんでした。海外で働くということは考えたことが無かったですね。

濱口:それは意外ですね。てっきり海外を意識していたのかと思っていました。他の方はいかがでしょうか?

 

堀尾さん:私は勉強に明け暮れていました。ちょうどそのころは留学のため、TOEFLの試験の勉強をしていました。特に夏休みなどの長期休暇は、友人が海外旅行にいったり、部活やサークルをしている間に、私は誰とも会わずに一人で勉強していました。一時期は自宅とカフェの往復のみでしたが、それがあったから今の自分に繋がっていると強く感じています。

濱口:ご自身に対してかなりストイックですね。でも、なぜそこまで勉強しようと思ったのですか?

堀尾さん:モチベーションは、悔しさや競争心から来ています。私は大学の付属高校に通っていたため、内部推薦で大学に進学しました。なので、いわゆる「受験勉強」というものを経験していません。そのような状況で大学に入ると、自分よりも勉強ができる人、何かで秀でた人が周りにたくさんいて、漠然とした焦りを感じていました。そこで、何かを学ぶ・身につけることによって差別化したいと思ったときに、たどり着いたのが外国語でした。

 

脇本さん:私はみなさんと少し違い、クラブ活動に明け暮れていました。大学では陸上ホッケー部に所属していたのですが、二十歳というと、一通りのことを経験し後輩も出来たので、ちょうど自分たちの世代がチームの中心になる頃でした。私は大学から陸上ホッケーを始めたため、技術的には負けている部分があり、熱心に練習していたことを覚えています。

濱口:かなり体育会系だったんですね。では、海外というのは全く意識していなかったんでしょうか?

脇本さん:実はその頃から海外は意識していました。高校の時に世界史を好きになったことをきっかけに英語に興味を持ち始めたので、大学では英文学科に入学しました。また、部活の合間を縫って行っていたアルバイトでは、お客さんが外国人が多かったため日常的に英語を使う機会があり、「海外で働いてみたい」とぼんやり考えていました。

 

畠山さん:私は「シンガポールで働く」という目標に直結する時期が二十歳でした。私はシンガポールでのスタートアップ企業でインターンシップをしていました。私は小さい頃から「英語が話せれば世界が広がる」ということを感じていて、英語の勉強をたくさんしていました。その中で、「自分の英語力はビジネスでどれぐらい通用するのか」という疑問が湧いてきて、英語圏の国でインターンシップを探しているときにシンガポールに出会いました。

濱口:ちょうどその時期にシンガポールをご経験されていたんですね。でもなぜ、新卒でシンガポールに来ることを選んだんですか?

畠山さん:その時は1ヶ月ほど滞在し、インターンシップを行っていました。シンガポールの生活のしやすさ、多国籍な環境に惹かれたのはもちろんありますが。、当時滞在していたゲストハウスで出会った方が私の人生を大きく変えてくれました。その方は大学卒業後に新卒でシンガポールで働いていたのですが、自分の夢に向かって突き進む姿勢、周りから反対されてもやりたいことを曲げない強い意志に魅了され、自分も新卒でシンガポール就職することを決意しました。

 

 

過去に後悔はない! 二十歳に戻るとしたら、何がしたい?

濱口:それぞれ、いろんな経験をされていますね。多感な時期なので思うことはたくさんあるかと思います。次の質問ですが、いまハタチに戻るとしたら何をしますか?

堀尾さん:戻ったとしても、きっと同じことをすると思います。自分の選択に全く悔いはないですし、むしろ良い選択をしたと思っているので。あえて言うとすれば、「もっと大人に出会う」ことをしたいですね。

濱口:大人に出会う、なかなか興味深いです。なぜそう思うのですか?

堀尾さん:私は新卒で銀行に就職したのですが、その動機はかなりシンプルなものでした。銀行だったら知名度も高く、安定していて、海外赴任のチャンスもありそう、それぐらいでした。その時は世の中にどのような仕事や生き方があるのかを、ほんの一部しか見ていなかったので、もっと大人の方々と出会う機会があったら、違う道を選んでいたかもしれません。

 

豊後さん:堀尾さんとは少し違うきっかけですが、結果的に私はたくさんの大人と出会うことができましたね。私は当時いろんな可能性を感じていて、いろいろとやりたいことがありました。先ほど申し上げたインターンシップの他にも、多くの活動をしている中で、今でも尊敬する孫正義さんにお会いして考え方が変わりました。「やりたいことをやり続けないと人としての人生を生きている意味ない。だから志高くチャレンジするんだ。」と仰って頂いたことで、「人生は一度きりだから、その一瞬を楽しむ」という私自身の軸が出来ました。それ以来は「やりたいと思っているのにやらない」、という人生にはしたくないと思い、自ら行動していろんなことに挑戦しました。

濱口:とても良いですね。私は豊後さんと知り合って数ヶ月ですが、日々のチャレンジングな姿勢にはいつも驚かされています。

畠山さん:私も豊後さんと同じで、やりたいことを積極的にやったので、もし20歳に戻ったとしても同じことをしますね。私は去年まで大学生でしたが、大学生だからこそ許されることがあると感じていて、いろんな人に会いに行きました。学生だと、利害関係なく会ってくれるんです。普通じゃ会えない人でも、話を聞きたい・学びたいという姿勢だけでお会いできたので、身分をうまく利用できました。いまハタチの人にアドバイスをするとすれば、自分の興味の有無に関わらず、いろんなことに挑戦してほしいと伝えたいですね。

脇本さん:あえて後悔していることを挙げるとすれば、勉強ですね。いろんなことに挑戦、ということには同意するのですが、その中でも勉強を選びます。
私はシンガポールに来る前、マレーシアで語学留学をしていたのですが、その時に出会った学生は様々な国から集まっていて、大学入学のために必死で勉強していました。日本の学生よりも遥かにアグレッシブで、何がしたいのかが明確な人が多かったのがとても印象的でした。彼らを見ていると、自分も学生のときにもっと勉強していれば、もっと他の道があったかもしれないと思っています。もちろん、今の道に後悔しているわけではありませんが。

 

それぞれの道へ!三十歳になるときには、何をしていたい?

濱口:今までは過去に振り返ってのことをお聞きしていましたが、次は未来について。次の節目は三十歳ですが、みなさんはどのようになっていたい、過ごしていたいと思いますか?

畠山さん:私は逆輸入型の人材になって、日本で活躍したいと思っています。大学生の時に政府機関でアルバイトをした経験があるのですが、その時にグローバルに活躍できる人材探しに苦戦しているのを目の当たりにしました。世界的なイベントのお手伝いを担当していましたが、プレゼンや外国人とのコミュニケーションを同等に取れる人が少なかったので、自分がそのような役割を担いたいと思っています。また、そのグローバル人材を束ねるマネージャーとして活躍したいと思っています。

濱口:素敵なご経験、それに基づく素敵な目標ですね。

堀尾さん:私は30歳まであと3年なので、うかうかしているとすぐですね(笑)
30歳という節目の年では、一通りの業務を経験して、自分のアイデアから周りを巻き込んで仕事を進められる実力を身に着けていたいですね。

濱口:働く場所については何か考えていますか?

堀尾さん:場所については正直なところ、将来的にどこで働きたいか決めていません。シンガポールに来た当初は、「2,3年働けば履歴書に泊がついて、日本に戻ってから就職に有利だろう」とぐらいに思っていました。しかし、今は全く思っていません。
日本にこだわる理由はないので、シンガポールや他の国でのチャンスがあれば挑戦したいし、そこは日本を含めてフラットに考えたいと思っています。

脇本さん:私は「日本と海外をつなぐ人材になりたい」と思っています。というのも、私の周りには「海外に行きたい!」という人があまり多くいません。しかしながら、海外と連携したい、海外の仕事をしたい、という意見は多くあります。
そこで、私が日本の方々を海外に巻き込めるように、そして海外から日本に対して興味深い情報を提供できるように、そんな人材になれればと思っています。

豊後さん:私はハンバーガーショップを経営するという目標があるのですが、30歳は目標に近づくための準備期間だと思っています。現在マーケティングを行っているのも、「自分のハンバーガーショップを世に広める術を学ぶため」。なので、マーケティングの中でももっといろんなことを経験し、活躍したいと思っています。

 

まとめ

それぞれが、志を持って日々を生きていることが分かるインタビューで、とても興味深い内容ばかりでした。
海外で働きたい気持ち」というのは多くの人が持っていると思いますが、働くことに目標を置いている人と、働くことを通過点と考えその先に目標を置いている人がいて、それぞれの考え方が印象的でした。

どのような目標を持てば正解、というのは一切ありませんが、今は働き方を自由に選べる時代だと思うので、様々なことに挑戦したい、挑戦してほしいと私も強く思います。

 

 

ABOUTこのサイトについて

Good Job Magazineは、 シンガポールで就職・転職を考えている人を応援するWebメディアです。 シンガポールでの就職のコツ、ワークスタイルなどさまざまなコンテンツをお届けします。

TwitterTwitter